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養育里親のおはなし

養育里親のおはなし
【養子縁組里親】
Kさんご夫婦(夫:Rさん 40代  妻:Yさん 40代)
O君 7歳 Hちゃん4歳
※2022年10月現在の年齢

こどもを育てる大きな愛に変わりはない

大自然の山里に7歳長男と4歳長女、そして猫1匹と暮らすKさんご家族。
O君とHちゃんは水のせせらぎが聞こえる万緑の中、元気いっぱいの笑顔で迎えてくれました。会話の内容が分かる年齢の二人も自然とインタビューに同席。一緒に話しをしたり、インタビューを聞きながら遠くで遊んだりして、最後まで同じ空間で過ごしました。
そんなKさん一家のご夫婦にお話を伺います。

O君とHちゃんは、Kさんご夫婦を父と母と呼んでいるのですね。

妻:
そうなんです。私たち夫婦は里親里子家庭であることを子どもたちにもオープンにしています。なのでO君、Hちゃんと一緒に暮らし始めた日から、ことあるごとに二人を授かれたことへの感謝といのちを授けて下さったご両親への感謝を伝えています。
それもあって我が家では、私たちのことを「父(ちち)・母(はは)」、実親さんのこと「お父さん・お母さん」と呼んでいます。 例えば歯磨きの時に「いい歯をお父さんお母さんからもらったね」と伝えたりして、自分の存在を大切にして、こうして巡り合えた奇跡に感謝して生きていってもらえたらと願っています。
理解してもらえるのはもう少し先になりそうですけどね(笑)

こうした話も日常の中で自然な会話なのですね。
どうして里親登録をされたのでしょうか?

妻:
私たち夫婦は自然の流れに任せていましたが、出産には繋がりませんでした。でも子どもと暮らすことをどうしても諦めきれなくて、里親の道を選びました。
助産師をしているので里親制度については知っていたのですが、30代後半の時に「里親入門講座」があることを知り、夫に「行ってみない?」って相談したんです。
でもこの時はピンとこなかったようで断られてしまいました。
数年後にこの時のことを聞いてみたら全然覚えてなかったんですけどね。
夫:
はい。聞かれたことすら全然覚えていませんでした。本当に聞いた?(笑)
妻:
聞いた、聞いたよ(笑)
私は何でもぐいぐい進めていっちゃう性格なんですけど、この時は珍しくゴリ押ししないで、夫婦の足並みが揃うことが大事かなと思って次の機会を待ちました。
そうこうしてしばらく経ったとき、同じく助産師をしている叔母夫婦が3歳のお子さんを里子で授かったんです。叔母夫婦は3人の子育てを終えての里親登録でした。
その叔母夫婦と会った際に、さらっと「あなた達も授かったらいいのに。里親になれば?」って言ってくれて、それで改めて里親について考えるきっかけになりました。
その後入門講座に夫婦で参加したのですが、最後のアンケートで【今日の講演を聞いて】という箇所があって、夫が【里親になりたい】にスッと丸をしてくれて、それがすごく嬉しかったです。
それからは登録に向けて研修なども積極的に参加しましたね。
夫:
僕は最初里親について詳しく知りませんでした。漠然としたイメージぐらいで、外国の話かな?っていうぐらい。入門講座に誘われた最初のときは本当に覚えてなくて、もう一度言われたときは、「ああ、そういう制度があるんだな」って思ってとりあえず行ってみようと思って参加しました。
それで、里親という選択もあるならそれもいいな、と思って丸をしましたね。

お二人のタイミングが合って登録になったのですね。

妻:
登録後は1年2ヵ月後に児童相談所からO君のお話をいただきました。
待ちに待った交流が始まってとにかく嬉しかったのを覚えています。でも初めて会いに行く日に、いよいよだと思ったら嬉しいを通り越して「会っちゃったら始まっちゃう!どうしよう!!」って言ってしまうぐらいの緊張がありました。その時主人が「(アンケートに)丸をつけたあの日からこうなるって決めてたんだから」って言って落ち着かせてくれたんです。
夫:
今更何を言っているんだい、ってね(笑)
妻:
(笑)私は嬉しさと緊張で吐きそうになってしまって。車の中でそんな会話をしていたのを思い出します。

嬉しさと緊張が入り混じったスタートですね。
O君を自宅に迎えるまではどのような流れだったのでしょうか。

妻:
O君の時は交流が始まり、数日のお試し外泊、長期外泊を経て、いよいよ一緒に暮らし始めるという流れでした。
私たちが住むこの地域はとても小さな山の集落なので、O君が来た時に3人でご近所一軒一軒に挨拶をしてまわりました。その時、ご近所の方々が「集落の平均年齢を下げた!」と温かく迎え入れてくれて、とてもありがたかったです。畑仕事や、家の近くを散歩されている時も、私たちの姿を見れば様子を気に掛けて下さり、とても良くしていただいています。まさに地域ぐるみの子育てに感謝です。
電車ごっこで遊んでいた薪ストーブ
  
Hちゃんの時は2人目というのもあってか、O君の時より短い交流期間で自宅に迎えました。彼女は日本人と黒人のハーフなのですが、2人目を希望していた私たちは児童相談所から電話をいただいて、それはもう嬉しくて嬉しくて!電話を切った後でどことどこのハーフだったか忘れてしまい、もう一度確認の電話を掛けたほど興奮していました。本当に嬉しかったのですが、Hちゃんがハーフだったことに気持ちが全く揺れなかったかというと、正直ゼロではありませんでした。でも、「いのちを選ばない」ことを選択すると決めていたこと、また夫が「それが何か問題あるの?」ってドンと構えていてくれたこともあり、このご縁を受けました。

実際にHちゃんを迎えられてどうでしたか?

妻:
O君の委託後、 Hちゃんが来る前に8カ月の赤ちゃんを短期で預かったことがあって、そのワンクッションがすごく良かったです。当時O君は2歳8カ月だったのですが、子どもが二人居たらどういう雰囲気なんだろうってイメージが湧きました。
それとO君一人だけの時はどうしてもO君だけに集中してしまって、それは私にとっても結構しんどかったし、O君もずっと見張られているような感じがしてしんどかっただろうなって思います。そこにHちゃんが来てくれたおかげで色々と変わりました。Hちゃんに手が掛かっている間、O君が一人でご飯を食べる。まだ上手に食べられないからあちこち散らかしてしまうんですが、そんなことよりも「一人で食べられた」と褒めてあげられるし、細かいことが「ま、いっか」となったので、そういう意味でも良かったです。
O君はHちゃんを迎えたとき3歳8ヶ月でした。お兄ちゃんとしてHちゃんの面倒をみたり可愛がってくれていたのですが、Hちゃんが自分で動けるようになってくると、O君が玩具で作った世界を遠慮なく壊しに向かうので「Hちゃんが来るー!ダメ―!あっちにやって!」と賑やかになっていきました(笑)
最近ではHちゃんも大きくなり、仲良く二人で遊べることも増えています。

お子さんを迎えると生活が変わりますが、人数が増えてもまた変わりますね。
賑やかな生活の中で、大変なことはありましたか?

妻:
O君を授かったときなのですが、一緒に暮らし始めて数週間経った頃にマタニティブルーのようになってしまいました。
O君の顔を拭いても泣く、服を着替えさせても泣く、何をするにも泣く。積み重ねてきた信頼関係を築いては崩す、また築いても崩す、って…。泣かしてしまうことが信頼関係を崩すように感じてしまった時期がありました。
そんなある日、やっぱり泣いているO君を抱っこしているとき、友人がオムツとお菓子を持って訪ねて来てくれたんです。私は友人の顔を見た瞬間ポロポロと涙が流れてきてしまって、その友人に相談してみました。そうしたら、「こんな寒い時期は外にも出ないんだからパジャマのままでいいんだよ。顔だって拭かなくていいんだよ。お風呂に入ってるんだからきれい、きれい!」って言ってくれたんです。その言葉に心がとても軽くなりました。
その後もO君が来て2ヵ月半が過ぎた頃。O君が風邪をこじらせて入院してしまったんです。乳児院にいたときからゼロゼロ気管支が鳴る子で、私も「自分がしっかり面倒見なきゃ」って、自分にプレッシャーをかけていました。でも専門の先生に診てもらったことでその時にようやく、「初めての子育てだから分からないことがあっても当たり前だし、一緒に経験していけばいいや」って思って気持ちがすごく楽になりました。

周りや専門の人の協力は心強いですね。

どこまで線路は続くかな?

一緒に生活をしてみて夫婦お互いの変化はありましたか?

夫:
何かあったときに夫婦だけだと自分が譲ればいいのですが、子どもを含めたときがすごく難しいですね。子ども同士、また妻と子どもたち、折り合いをどうつけて何を優先していくか。場面場面でも違いますし、すごく難しくて非常に気を使います
妻:
たぶん色んな意味で私を気遣ってくれているんだと思います (笑)
夫:
穏やかに過ごせるようにね(笑)
妻:
変化ではないですが、主人はよく話を聞いてくれますし、色々なことを よく見てくれています。すごいなと思うのは絶対人を比べない。人の経験は人の経験、自分が経験してないことはどうこう言わないっていう人ですね。
前に、もう疲れ切って食器を洗う気にもなれなくなってしまい、ひとりで遊んでいるO君をボーっと眺めながら「幼稚園と同じようになんてできない!」と涙が溢れてきてしまったことがあったんです。その日遅くに帰ってきた夫に泣きながら話を聞いてもらったんですけど、夫が「O君のことを思ってしてくれていることは、全部正解だと思うよ」と言ってくれたんです。また涙が溢れました(笑)
それからは、悩んだときにいつもこの言葉が私の中で支えになっています。常にどっかりしてくれている主人で、何かあった時も頼りになるし、とても助かっています。

ご夫婦の役割や協力の大切さを強く感じます。
これまでを振り返ってみてどうですか?

妻:
O君は里子として授かって、その後、ご縁があり特別養子縁組をしました。実は初めから特別養子縁組をしようと思っていた訳ではありません。いつか実親さんのところへ帰るかもしれないという事も、何度も何度も夫婦で話し合いました。「O君にとってその時一番いい流れを大切にする」と覚悟も決めました。
養子縁組にこだわりがないのは、みんなでもっと軽やかに子育てができたらいいなと願っているから。家庭で過ごすことができなくなってしまった理由は様々ですが、子どもを育てるという大きな愛に変わりはないと私は思っています。なので可能であるなら、いつでも実親さんと交流を持てたらという気持ちは今も変わりません。
とてもポジティブ志向な私は、「地球のどこかに親戚ができたんだなぁ」と嬉しく思っています。

メッセージをお願いします。

妻:
実子も育てていらっしゃる先輩里親さんが、「実子も里子も変わりはないよ」とよくおっしゃいます。それを聞いて本当にそうだなぁ思います。
幸せはその子ひとりひとり違いますが、私たち夫婦にできることは、この授かった二人を大切に育てさせていただくこと。そして将来、自分の力で生きていけるように少しでも手助けしていきたいと思っています。
もし里親になることを悩んでいる方がいたら、ぜひ飛び込んでみてください。動けばきっと変わります。子どものいのちと生活を預かるという決断と覚悟は必要ですが、タイミングが合って、すべてがピタッとはまる時がきっとあるはず。そのタイミングとご縁を前向きに捉えて欲しいなと思います。
夫:
僕らもそうでしたけど、子どもが居ない夫婦のところに子どもが来るというのは、やっぱり人生が変わるぐらいの出来事です。もちろん人生変わりますよ。
子どもが居ないとできない経験がたくさんあるので、それはとても貴重だと思います。子どもから学ぶことも多いですしね。
ぜひ一歩踏み出して欲しいなって思います。

 

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